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陰徳と墓
陰徳をもっている人には、すぐお墓を造らせよ。陰徳なき人には、陰徳を積ませてから墓を造らせよ
「墓そのものが如何に吉相でありましても、其人の日々の行為が不浄不徳なるに於ては、幸福なる家庭、一家の繁栄は望まれないのであります。皆々日常功徳を積み善根を培って居る事が肝要であります。」…..初代会長故松崎整道師(先祖の祭祀P139)
「吉相墓を建立しても、なお悩みや苦しみが起こる。これは深い因縁や強い業によって受けるものであるが、吉相墓のもつ力の不足を補うために、陰徳積みや浄行の修業に専念することによっても、これらの苦しみは少しづつ解消されていくものである」…..二代目会長故初代竹谷聰進師(徳風H6.6)
「凶相のお墓にもそれなりの因縁がありますから先づその因縁を解く必要があります。お墓掃除や正しいお祀りに精を出し、御先祖様に報恩感謝のまことを捧げるとともに無縁塔の建立や清洗供養等の陰徳積みと浄行に励まれることが第一です。」…..四代目会長故二代目竹谷聰進師(徳風S57.5)
○お墓の話より 故松崎整道師(先祖の祭祀P120)
関東の桐生の人で、古い墓をたくさん持っておられる方の墓を観てあげたところ、よくない墓相で家運の衰微をあらわしていました。「墓を直すと同時に古い墓を整理した方がよいのだが、これを整理するには功徳を積まなければいけない。」と申しますと「何をしたらよいか。」と質問があった、そのことは考えておくとゆうことにしてその家を出ました。
帰り道に広い道路があったが、途中で途切れて未完成のままであった。送ってくれた人に聞いてみると、未完成部分の土地をもっている人がその土地を手放さないので残っているとのこと。買収を担当した人が話をしたときに持ち主の気分を害して、どうしても承知をしてくれないので、四年もこうなっているとのこと。持ち主の名前を聞いたところ先ほど大きな功徳を積むようにいった人でした。
宿に帰ってからその人に来ていただいて、話しをしました。「さきほど家運発展のため墓を直すにあたって功徳を積むようにいったが、今あなたに適切な功徳となることを教えてあげましょう、それは道路の一件である、これまでの事情もあるだろうが、仏のいわれることと思って承知したらどうか。
今までのことを捨てて市に寄付ができればよいのだが、せめて市で定めている値段でこれを手放したらどうか。わたしがいうと思わないで先祖、仏さん、如来さんがいうと思って聞いてもらいたい。これはたいへん功徳になることです。
釈迦の説かれた話しの中にも八福田という八つの功徳をあげた中に、道のないところに道路をつくって公共の利益をはかることを、一つの功徳に上げている。あなたの家はいろいろな因縁が重なっていて、小さな功徳ではいけない。自殺する子供ができるような不幸な因縁があるのですから、よく考えてください。」ともうしました。
「そうですか、帰って家内とよく相談してみます。」といって家に帰って、また、すぐに宿にもどってきました。「さっそく帰って相談しました、喜んで市に寄付します。」とのこと。翌日、市にもうしでたところ、市は早急道路にしました。その功徳によって墓も整理することができました。
翌春にまた会いましたときには、商売も繁盛し、借金も返済できましたと、大変喜んでおられました。
○陰徳と墓 故初代竹谷聰進師(先祖の祭祀P120)
お墓の相と家庭運が一致しないで、幸福な家庭があります、それは父母祖父母先祖の陰徳、すなわち功徳積みによるものです。
それらの例を上げますと、父が宗教家道徳家で徳化を業として徳積みがあったり、公共のために私費で道路や橋を建造したり、健康な時に美食を慎み粗食をしたなどです。
父母祖父母先祖がまいた徳の種が子供に発芽するのです。
人間は生まれた時、すでに運命が定まっています、小さな運命は自己の力で開けるが、大きい運命は母より生まれ出た時にすでに定まっています。子供の誕生の前に陰徳を積み、良い運命を子供に与えるのです。
お墓の研究を通じて、以上の事が明らかになり、その功徳を積む事を望む人が集まったのが徳風会です。
・初代聰進先生は「四次元の徳風会でなければならない」と言われました。一般宗教家の精神上の教えは少なくて「行いの教え・形の教え」です。徳風会は無言の陰徳積みを実践する事に趣旨があります。
・祖先と墓を忘れては繁栄はない、僥倖(ぎょうこう)や策を以て栄達を望む事は危なく、困苦に耐え陰徳と積善と努力とによってのみ真の幸福は生れます。
・陰徳とは、あくまで隠れた所で行われる徳行を指します。「右手のなすことを左手に知らすな」「陰徳は耳鳴りの如し」人知れず陰徳を積んで下さい。
・人は与えられることから産まれ生きています。ご先祖の徳。父母より貰った肉体。先人たちが築いた町・文化・文明。天地の徳。報恩感謝に陰徳を積みましょう。
○先祖供養の意義
供養とはその霊に回向する事です。回向とは自らが修めた功徳を振り向けて、その霊を極楽往生に資することです。 正しい先祖供養は、先ずは先祖に感謝して、報恩の為に自らが功徳を修めることに始まります。 自らが功徳を修めるには陰徳積みが最上です。これによって初めて供養が成り立つものとなります。 この様な先祖供養の意義は、時代によって移り変わるものではありません。